Author : 村上 春樹
Total Page : 512
Publisher : 文藝春秋
Publication Date : 2010-09-29
夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです
>> ある疑義
インタビューの1本1本はそれぞれ興味深く読めた。
ただ、最初から最後までどうしても頭を去らなかった疑義がある。
それは、<インタビューされた側が選ぶインタビュー集>というのは
どういうものだろう?」ということ。
たとえば、この本に再収録された文章は、著者あとがきによると
「ある種の統一性をはかる必要」によって文章の流れが変えられ、
「こちらの説明が不十分、不親切と思える箇所には話の流れが
損なわれない程度に筆を加えた」とある。
それは本来、インタビュアー側、つまりテキストを起こした側が、
またはその人とインタビュイー側が相談、合意の上
すべきことなのではないのだろうか?
出版に携わっている者として言うと、
新聞は別として、雑誌記事のインタビューには
インタビュイー側の意図が大きく反映されている。
村上氏も書いているように、インタビューを受ける・
受けない、その選択自体がまず意図であるし、
内容自体にも、インタビュイーはときに
必要以上に干渉してくることがある。
<言った内容を都合のよいように書き換える>
または<言っていないことをあとで付け加える>
というのが最たるもので、
残念ながらそういうインタビュイーは多い。
編集部のほうも、それを見越して事前にチェックをさせ、
だいたいは言われたとおりに修正する。
もちろん、インタビューをした側のリードがまずかったとか、
文章の構成力が足りなかったということもままあるのだが、
あまりにも創作された赤字を目にすると、
「この人は(他人から)こう見られたいんだな」という
ある種の<意志の強さ>に当てられ、げんなりしてしまう。
インタビューで大事なのが<インタビュイーの発言>であることに
疑問はないが、インタビューも1本のテキストである以上、
それを執筆した人間の意志というものが
ある程度、尊重されてしかるべきなのではないか?
インタビュアーについては、村上氏はあとがきの最後に
「最後になったが、それぞれのインタビュアーの皆さんにも
感謝したい。もっとうまく話せるとよかったんだけど」と
触れているのみである。
ということで、いったい誰が仕上げたインタビュー集なのか、
どのあたりにどの程度手を入れているのか、
そこを明示してほしかったので、星3つとした。
掲載にあたって確認を取っているのは当然として、
インタビューをし、文章に起こした当人たちは
この本の内容をどう思っているのだろうか?
訊いてみたい。
>> 必死に保つ距離感という誠実さ
村上の特徴は、自作との距離感にある点を強く感じた。
村上は繰り返し本を書き始めた時には結末がどうなるか分かっていないと言う。
書いて行く内に、その物語が「語って欲しい事」を見つけ、イタコが語るかのように書くというイメージだ。物語自身は、紛れもなく村上由来であるだけに異様な話だ。「語る自分」と「語られる物語」の間にある距離感を強く感じる。
村上は地下室と井戸を語る。それは自身の心の奥にある暗闇であり、そこには自分の持つ悪と毒があると彼は言う。その暗闇に入り、その悪と毒を吸い、そこから戻ってイタコのように語る。それが彼の創作なのだろうか。自らにある暗闇を相対化し、距離感を組んだ上で、それが自ら語るに任せることが彼の作品なのか。
産み落とした作品への距離感の取り方も独自だ。村上は自作を語る際にも「これは僕個人の意見です」と繰り返す。作品は作品であり、作者であったとしても、既に自分の手を離れた作品に対しては、潔癖とも言える距離感を言う。
村上は、ランニングで象徴される健康的な生活の信奉者だ。その「健康」が何に必要なのかが見えてくる思いがした。「自らの暗闇」及びその結晶としての「作品」との間の距離感を適正に保つということは「健康」でなければ出来ないと彼は言う。距離感が失われたら、村上自身が自分の暗闇に呑みこまれてしまうに違いない。
その意味では本書は「走ることについて語るときに僕の語ること」と対になった作品である。前著が「健康になるために必死の作業」を書いていたとしたら、今回の作品は「僕が健康を必要とするわけ」を素直に書いているのだから。
つくづく村上は真摯な方だと思う。僕自身本書を読んでいて、本当に勉強になった。それは僕自身の中にも「ささやかな暗闇」があるからだろう。そういえば 「偉大なる暗闇」という言葉は、著者が敬愛を示す夏目漱石の言葉だ。
>> 村上春樹を知ることができます。
「何ごとによらず、僕はなるべく結論を出さないようにしようと努めて生きています。僕はすべてのものごとを可能な限りオープンな状態に保っておきたいのです。それをあらゆる可能性に向けて開かれた状態にしておきたい。」 まさに村上春樹の小説の神髄はこれだと思いました。 だから村上ワールドから抜けられないんですね。
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